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第41回) ヤイリギター社長 矢入 一男(やいり かずお) さん
効率度外視 いい木を集める 新楽器 スニーカーのように

ヤイリギター社長 矢入 一男(やいり かずお) さん

 1932年、岐阜県可児町(現・可児市)に生まれる。中学を卒業後、父・儀市氏が経営する楽器製作所を手伝うが、ギターづくりを本格的に学ぶため、1962年にアメリカに渡り、帰国後の1965年、ヤイリギターに社名を変えて、社長となる。71歳。

「40年近い経験があるベテランには、定年後も工場内に自分の工房を持たせ、マイペースでギターづくりをしてもらいます」

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 ――手作りのギターは一日二十本程度しか作らないのに、材料の木は、乾燥させるのに、随分長い時間をかけるそうですね。

 「木の乾燥は、イカをスルメにするぐらい簡単なこと。しかし、ギターの材料には、水分が無くなるだけでは不十分です。五年、十年と寝かせ、木の細胞が落ち着いてくるまで、自然に枯れなくてはいけません。ここに工場を立地したのも、丘陵で風がよく通るからです。しかも、ギターの表や裏、胴に用いる木は、産地が異なりますから、なじませる必要があります。最近は、合板を使うメーカーもありますが、本当の音は出ません」

 ――それにしても、倉庫にはたくさんの木があります。

 「私は根っからの職人で、経営効率なんてわかりませんから、いい木があれば、世界中から取り寄せてきました。さらに、長期間、乾燥させているので、在庫の回転は悪くなります。無駄だとか、非効率とか言われましたが、これだけあるからこそ、職人が本当にギターにあった木を選ぶことができるんです。しかも、その木を大切に使いたい。速乾、速成、ポイ捨てでは、地球に対して犯罪です。うちのギターなら父から孫まで弾いてもらえる。永久保証も付けています」

 ――国内のギターメーカーはかつて百数十社あったのが、今や十分の一以下。フォークブームが去ったことも影響していますか。

 「日本で作られたギターの大半は、国内向けよりも、OEM(相手先ブランドによる生産)でアメリカに輸出していました。日本人は手先が器用で、まじめに働き、賃金も低かったので、アメリカのメーカーから注文が来たのです。日本人の賃金が上昇すると、もう用済み。韓国のメーカーを使うようになり、今は中国です。そんな中でヤイリは、七〇年から一貫して、自社ブランドで海外輸出してきました」

 ――中国製ギターは脅威ではありませんか。

 「安い中国製ギターが大量に日本に流れ込み、業界にとっては脅威になっています。発注量が減り、パーツ屋さんや材料屋さんのような業界の外堀も埋まってしまいます。しかし、ヤイリにとっては脅威ではありません。安いギターで底辺が広がれば、十人に一人ぐらいは次のステップへ上がり、本格的なギターが欲しくなるでしょ。ヤイリのギターが中国製と同じレベルなら、安い方が勝ちますが、レベルが違います」

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 ――最近、琉球音楽が注目されています。ヤイリが開発した新しい楽器「一五一会(いちごいちえ)」も沖縄の三線(さんしん)がベースだそうですね。

 「沖縄出身のバンド、BIGINが、三線の気軽さで、ギターのように弾き語りのできる楽器を発想して、その開発をうちに依頼してきました。数年かけてようやく完成したのが一五一会です。一本10万5000円。次いで4万5000円の廉価版、音来(にらい)も出しました。弦は四本、形は左右非対称で、人さし指一本でコード進行できます。世界一簡単に弾ける弦楽器です。しかも欧米のまねではなく、日本発の楽器です。日本のモノづくりを守るきっかけにもしたかったのです」

 ――私でも弾けますか。

 「楽器は文字通り、まず楽しむものです。ところが、ギターは演奏法が難しく、マスターするのに時間がかかります。途中で挫折する人も多いのが現状です。一五一会は、気軽につっかけることのできるスニーカーと同じです。誰でも手軽に弾き語りができるから、今まで忘れられていた童謡や民謡をもう一度、歌うことにもつながるでしょう。特に音来を出してからは、殺到する注文に驚いています。電話に出たら、八十二歳のおばあさんでした。指の運動になり、リハビリに役立つという、意外な指摘もありました」

 ――工芸分野では後継者不足が深刻ですが、ヤイリの場合はいかがですか。

 「若者の場合、人間までデジタル化して、何でも機械頼りなので、だんだん不器用になり、五感も鈍ってきています。うちに来ても、すぐにギターが作れると考えている。一、二年は裏方で修業を積み、たくさんの木に触って、感触をつかまないといけません。ただ、小学校でいえば、うちには六年生から一年生までそろっており、職人技の継承は心配していません。四十年近い経験があるベテランには、定年後も工場内に自分の工房を持たせ、マイペースでギターづくりをしてもらいます」

 ――矢入さん自身の後継者は?

 「実はこちらが問題です。欧米との取引も、私一人でやってきたので、早く後継者を育てなくてはなりません。私のこだわりを理解する人であってほしい」

 写真(上)=ヤイリギター社長 矢入一男さん
 写真(下)=一本一本、手作りでギターが仕上げられていくヤイリギターの作業場

ヤイリギター--------------------------------

 本社・岐阜県可児市。手作りの高級ギターメーカー。1935年に矢入楽器製作所として創業、65年からヤイリギターに。本場アメリカで評価を高め、海外でも人気を集める。価格は6万円から300万円超まで。桑田佳祐やポール・マッカートニーら国内外の多くのミュージシャンが愛用。最近、ギターと三線を融合した一五一会を開発した。売上高は年約4億円、従業員は約30人。

記者の眼 一徹に「天使が宿る時間」

 「天使が宿る時間」と言うのだそうだ。

 ヤイリギターでは、ギターが完成しても、心待ちしている顧客の元に、すぐには発送しない。三か月、品質調整室に置き、二十四時間、ステレオから流れる音楽を聞かせる。夜には、出入り口のガラスが振動するほどの大音響となる。

 ギターは音の洪水にどっぷりとつかり、共鳴し、木々の細胞一つ一つまでが震え、そしてなじんでいく。「寝かせておくロスタイムが、いいものをつくる」と矢入さん。

 多くのモノづくりの現場では、原価低減のため、一分一秒でも工程を短縮しようと努めている。スピードこそサービスという職場も多い。しかし、ここでは正反対の時間が流れている。

 「どんな注文でも、待っていただく。その基本は譲らない。待っていただくだけのことを絶対にやる」。天使は、この一徹さが好きなようだ。

経済部 千田 龍彦
2004年6月2日   読売新聞)
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