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虹の泉 構想は果てしなく

これまで誰も考え得なかった世界を創造したかった


広大な敷地を陶芸作品が埋め尽くす「虹の泉」

 奈良県境に近い松阪市飯高町波瀬地区で、周囲を山林に囲まれた国道166号線沿いに「虹の泉」と名付けられた芸術空間が広がる。地元の陶芸作家、東健次さん(69)が、約5600平方メートルの山林を切り開き、壁画や男女の裸像、雲上をイメージした陶芸作品で埋め尽くした。「神秘的なルネサンス風の世界を表現しよう」と始めた制作活動は、今年で30年目。「作業ができなくなったら完成」という果てしない構想に挑み続けている。

 東さんが陶芸に興味を持ったのは、中学3年生の時の美術の時間、何気なく開いた教科書で、陶芸作品のとっくりを見てからだ。陶土と釉薬(ゆうやく)だけで生み出された色彩は、あらゆる絵の具でも表現できないほど不思議な色に映った。

 愛知県瀬戸市の県立瀬戸窯業高校に入学し、卒業後は「焼き物のまち」で陶器工場の職人たちと5年間を過ごした。19歳で日展に入選したが、「夢がない。陶芸家を志した以上、これまでに誰も考え得なかった世界を創造したい」と、物足りなさを感じ続けていた。

 転機となったのは24歳の時、思い立って出発したスリランカへの旅だった。シーギリヤで、岩山に描かれた1500年前の女性の壁画に衝撃を受けた。さらにジャングルで、ヤシの葉で囲っただけの小屋に10日間滞在。夜、あおむけになって思索を巡らせていると、文明から遠く離れたジャングルの闇に、太平洋の大海原が浮かび、太陽がきらめくイメージが広がった。そこから、「虹の泉」の構想がひらめいたという。


東健次さん

 1978年に自宅の隣に工房とガス窯を築き、瀬戸や美濃、滋賀県の信楽から取り寄せた陶土を使って制作を始めた。毎年11月ごろから工房にこもり、作陶に没頭。春の訪れとともに、出来上がったおびただしい数の作品を、約20キロ西の制作現場に運び、コンクリートで固めてつなぎ合わせる。地域おこしには結びつかないという理由から、市や県の補助は受けない。

 「誰にも理解されない世界で仕事をしている男がいたっていいじゃないか」と夢へ突き進む。それでも地元住民たちが土地を提供し、カンパを集めてくれた。

 「虹の泉」では、コンクリート壁(縦9メートル、横16メートル)に2020枚の陶板を張り付けて大壁画を作った。見学者から500円の入場料を受け取るほか、縦13センチ、横9センチの粘土板を4000円で販売、そこに自由に絵や文字を書いてもらって焼き、「イリス(ギリシャ神話の虹の女神)の壁」と名付けた壁に張っていく。ほかに収入はない。極限まで切り詰めた生活を支える妻の良子さん(47)は「『虹の泉』を見て、何かを感じ取ってもらえれば、それでいい」と静かに見守る。

 東さんは「そろそろ8合目に来ただろうか」と、巨大な“未完成作品”を見つめる。30年の歳月をかけた「夢」の世界は、まだまだ発展途上だ。

(中津川健男)


2008年1月15日  読売新聞)
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